大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2713号 判決 1978年12月08日

原告 星野昇

被告 帝国製線株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金六三万四五三二円および内金四一万九四八八円に対する昭和五二年六月五日から、残金二一万五〇四四円に対する昭和五三年八月五日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支支え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告の従業員として営繕の仕事に従事していたところ、昭和四九年一二月二六日乾燥炉の解体作業で腰を痛めて腰痛症の診断を受け、昭和五〇年一月二一日から治療を続けており、少くとも昭和五〇年一月二一日から一二五七日間休業している。右腰痛症についてはその後業務上災害の認定を受け、労災保険給付の対象とされた。

2  被告には昭和四八年三月に定められた労災補償規定が存在し、その第一条ないし第三条の内容は左記のとおりである。

第一条(災害補償)会社は従業員が業務上の事由に拠る負傷、疾病、廃疾又は死亡によつて労働者災害補償保険法による保険給付を受けるときはこの規定による補償を行なう。

第二条(業務上外の認定)業務上又は業務外の認定は労災保険法を所管する官庁の認定に拠る。

第三条(補償額)補償の区分と補償額は別記のとおりとする。

別記

補償の区分と補償額

休業補償 休業し賃金を受けられない期間に対し上乗補償額は次算式により補償する。

平均賃金×対象休業日数×30%=補償額

3  しかるに、被告は前記労災補償規定が存するにもかかわらず、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号)により休業特別支給金の支給が定められたことから、その支給額(給付基礎日額の一〇〇分の二〇)を前記労災補償規定による補償額より控除できるとして、平均賃金の一〇%しか原告に支給しない。それゆえ、原告は休業期間中において平均賃金の二〇%の支給を受けていない。

原告は右腰痛症のため昭和五〇年一月二一日から昭和五二年四月三〇日まで八三一日間休業し、その後も同年五月一日から四二六日間休業し(計算上昭和五三年六月三〇日までの期間となる。)、原告の一日の平均賃金は金二五二四円であるから、右期間の平均賃金の二〇%は左のとおり八三一日間について金四一万九四八八円となり、四二六日間について金二一万五〇四四円となる。

2524×831×0.2=419488

2524×426×0.2=215044

4  被告は労災補償規定に基づき金四一万九四八八円と金二一万五〇四四円の合計金六三万四五三二円および内金四一万九四八八円に対する弁済期の後である昭和五二年六月五日から、残金二一万五〇四四円に対する弁済期の後である昭和五三年八月五日からそれぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1および2は認める。同3の前段、および後段のうち原告がその主張の期間休業したことを認め、その余は否認する。

三  抗弁

被告は昭和四九年一一月一日原告主張の労災補償規定のうち被告負担の上乗補償率を三〇%から一〇%に変更し、同日から実施されている。右規定を改訂したのは昭和四九年一一月一日から労災保険の休業補償として平均賃金の六〇%の外に新たに労働者災害補償保険特別支給金支給規則により休業特別支給金として平均賃金の二〇%が支給されることとなつたので、改訂前の規定の上乗補償率を三〇%とすると休業補償金は平均賃金の一一〇%となり、他の一般従業員に対して均衡を失することとなるので、従来の総補償率九〇%の線に沿い、被告負担の上乗補償率を一〇%に変更したものである。

就業規則の附則である労災補償規定の変更も就業規則の変更手続によらねばならないところ、被告は労働者の過半数で組織する労働組合がないから、労働者の過半数を代表する者の意見を聴くこととなる。被告は右改訂に当つて労働組合に対して意見を聴くだけでなく協議して合意に達したものであり、非組合員に対しては従来の慣行により労働組合の委員長高野俊三をして意見の聴取をさせ、委員長高野は非組合員の代表者としても被告に意見を述べたものである。被告は右改訂が行なわれたことにつき組合員に対しては委員長高野から組合三役、執行委員を通じて伝達し、非組合員に対しても同様に伝達している。仮に原告が右伝達を受けなかつたとしても、原告が労災認定の申請をした後の昭和五〇年六月一六日に被告応接室において工場長および委員長高野立会の下に高井労務課長から健康保険給付金より労災補償支給金への切替えについて説明がなされた際、被告は原告に対し右改訂後の規則について説明し、原告は右規則の改訂について了承していたものである。なお、被告は昭和五一年九月八日西野田労働基準監督署長に対して右規定の変更届をしたが、就業規則変更届は規則変更の効力要件でないことはもとよりである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁は否認する。被告が労働組合に対して右規定の改訂につき意見を聴き、労働組合と協議して合意に達したとしても、それは被告と労働組合あるいは組合員間の問題であり、非組合員たる原告を拘束するものではない。被告は従来労災補償規定を専ら労働組合と協議し、合意により変更したと主張していた。被告および労働組合も右以外の手続即ち規則変更手続をとつていないし、その必要を認識していなかつたのである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1および2の事実ならびに同3の前段の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

いずれも成立に争いのない甲七、一〇号証および乙九号証、原告本人尋問の結果(一、二回)、証人高井正興、同高野俊三および同北山大三郎の各証言ならびに原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲五、六号証および証人高井の証言により真正に成立したものと認められる乙二ないし六号証によれば、労災保険の休業補償として平均賃金の六〇%の外に昭和四九年一一月一日から新たに労働者災害補償保険特別支給金支給規則により休業特別支給金として平均賃金の二〇%が支給されることとなり、被告の労災補償規定を適用すると業務上災害を受けて休業している従業員は休業補償として平均賃金の一一〇%の支給を受けることとなるので、被告は右労災補償規定のうち被告が支給する休業補償の上乗補償率を従来の三〇%から一〇%に変更しようと考えたこと、被告は従来から就業規則の作成等については本工によつて組織されている帝国製線労働組合の委員長を通じて、被告の組合員と非組合員を含む従業員の意見を聴いてきたので、右変更についても昭和四九年一〇月ごろ数回にわたつて労働組合の委員長高野俊三および三役と交渉し、その際被告は委員長高野に対し全従業員の意見を聴いてもらいたいと要請し、委員長高野俊三は三役、執行委員を通じ組合員および非組合員を含む大部分の従業員の意見を聴取したこと、しかし、原告は昭和四九年一〇月ごろ眼の病気のために一か月程会社を休んでいたので、右変更について原告の意見は聴取されなかつたこと、労働組合は当初休業補償の上乗補償率を被告提案の一〇%ではなく、一五%にしてもらいたいと要求したが、同年一〇月下旬ごろ結局被告提案どおり上乗補償率を一〇%に変更することに同意したので、被告は昭和四九年一一月一日労災補償規定の上乗補償率を三〇%から一〇%に変更し、従業員に対しては右組合の委員長を通じ口頭で従業員に周知させ、一方、被告は労働組合と右変更について「労災補償規定変更に関する覚書」を取交し、変更の内容を書面に記載したこと、しかし右変更を労働基準監督署に届出たのは昭和五一年九月八日であること、原告は昭和五〇年六月一一日前記腰痛症について西野田労働基準監督署長に対し労災保険給付の申請をし、同年八月二〇日同署長は右申請どおり労災保険給付の支給決定をしたこと、被告は昭和五〇年六月一六日右労働基準監督署から原告の腰痛症について労災保険が適用される見通しであることを聞いて被告の労務課長高井正興、工場長北山大三郎は原告に対し労災保険が適用になつた場合は労災保険から休業補償として平均賃金の八〇%が支給され、被告からは一〇%が支給される旨説明したことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は従業員の大部分の意見を聴いて労災補償規定のうち休業補償の上乗補償率を三〇%から一〇%に変更したものであり、右変更について労働組合とは覚書を取交し、また従業員に対しては口頭で伝達したのみで、作業場の見易い場所に掲示し、又は備付けるなどの方法によつて従業員に周知させてはおらず、その周知方法は不十分ではあるが、従業員は右変更によつて実質的に不利益を受けないことを考慮すると、右変更の効力を否定するほどの瑕疵とは言えず、また、労働基準監督署への届出は右変更の効力要件ではないと解すべきであるから、労災補償規定は有効に変更されたものと言うべきである。

三  それゆえ、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安斎隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例